
もはや続編とはいえない位、間が空いてしまいましたが、
そこは恐れずにしれっと、更新させていただきます。
都市伝説的な、荒船山の伝説、第二弾。
前回のお話はこちらです。
神様百名山、連載第二回目で訪れた荒船山。
その時は、同行者としてモデルの野口珠実さんが来られました。
荒船山には、いくつかの神話が伝わっておりますが、
今回お伝えするのは、神道集に載っているお話。
神道集 wikipediaより
『神道集』(しんとうしゅう)は、日本の中世の説話集・神道書。
安居院唱導教団の著作とされ、南北朝時代中期に成立したとされている。全10巻で50話を収録。
関東など東国の神社の縁起を中心としつつ、本地垂迹説に基づいた神仏に関する説話が載っている。
こちらの神道集の「第三十六 上野国一宮事」には、要約すると下記のような神話が載っています。
南天竺の狗留吠国に好美女という絶世の美人がいて、舍留吠国の大王の后に成る事が決まっていた。
好美女の父は娘が狗留吠国の大王のもとに嫁ぐことに反対して、殺されてしまった。好美女は父母の敵の国に住むのは口惜しいと、天の甲船に乗りこみ、やがて船は信濃・上野の国境の笹岡山に着いた。
一方、諏訪大明神は母神の住む日光山に通う内、好美女と知り合って夫婦と成った。諏訪の下の宮の女神がこれに立腹したので、上野国甘楽郡尾崎郷の成出山に社を建て、好美女を住まわせる事にした。美女の一人は船を守るために笹岡山に留まり、荒船大明神と成った。
少し要約し過ぎですかね??

南天竺というのは、南インド(スリランカ、セイロン島も南インドです)のこと。
さらに、ここに出てくる笹岡山(さくやま)というのが、荒船山のことで、
信州側の佐久では、「さくやま」と呼ばれていたのですね。
このお話は、ありがたいことに、上の写真の荒船山不動尊にプリントアウトして置いてあるのです。
私も恥ずかしながら、当時はじめてこの逸話を知りました。
そして、そそくさと登山を開始しますと、
モデルの野口珠実さんが、お父さんに関する興味深い話を始めたのです…(つづく)

としたら、さすがに怒られますね。。。
では、このままつづけます。
取材の当日、モデルの野口珠実さんが、「今日は両親の結婚記念日なのです」という話を伺い、そこから自然とご両親の馴れ初めの話に移りました。
話は、野口さんのお父様が8歳の頃まで遡ります。
その頃、世界仏教大会のために来日したセイロン島の高僧に出会い、
『大きくなったらセイロン島(スリランカ)に来て勉強をしなさい。そのためにも言葉や歴史、文学を勉強することです。」
という言葉とともにシンハラ文字(スリランカの公用語)で書かれた一冊の本をもらい、
子供ながらにその絵文字で書かれたような本に深く感動されたそうです。

お父様は大きくなってからも、その助言を忠実に守り、本当にスリランカに渡り、文学の研究をされ、シンハラ文字で書かれた小説を出版するまでに至ったそうです。
素晴らしいですねえ。この素直さ。
8歳の時の感動をそのままに、そのまま大人になられるとは!
この話から思い出すのは、この本のこと。
世界で二番目に読まれている本と呼ばれる(一番目は聖書、二番目は、ドン・キホーテという説もありますが)
トマス・ア・ケンピス著の『キリストにならいて』という本にこのような一説があります。
人を地上から引き離し、天へと引き上げる二つの翼がある。それは素直さと清らかさである
まさに、この一説を思いおこさせるような究極の「素直さ」ですね。
(この二つがないと、天には至れないそうです)
その後、お父様の書いたこの小説は、スリランカでベストセラーとなり、
多くのファンからお父様のもとへファンレターが送られてきたそうです。
そして、その中でも、最もお父様の意図を汲み取っていたファンの一人と文通がはじまり、
自然と二人は、お互いに惹かれていきました。
やがて二人は、手紙では伝えられないお話を、伝えあうために、実際に度々会うようになり、
自然とお互いはお互いに惹かれていきました。
二人は自然のなりゆきで、お付き合いをするようになり、
当時としてはまだ珍しい国際結婚をし、二人は結ばれたそうです。
そのお相手が、野口さんのお母様なのですね。
こんなロマンチックな話を、
セイロン島の伝説が残る荒船山で、
チャーミングなモデルさんの口から、
しかも、ご両親の結婚記念日に聞いたのですよ、

私は思いましたね。
神話は実際にあった話なのだと。
この件の場合、神話のような現実が起こったということで、順序は逆ですけどね。
私がこの「神様百名山を旅する」でお伝えしたいことの一つに、
「神話を信じる」
ということがあります。
神話には、狭義の神話と広義の神話の二種類があり、
狭義の神話とは、文字通り、民族の根源にある記憶、日本でいえば、古事記や万葉集といった古典文学です。
広義の神話とは、特定の人間の行いや記憶が抽象化されて、あるストーリーをもったもの。例えば、王貞治がの伝説的な活躍や、自分の父親が話してくれた逸話なども広義の神話です。
例えば、アントニオ猪木に関する伝説的な話にこういう話があります。
ある日、猪木と古舘伊知郎が食事をした時、猪木は財布を忘れてしまって、古舘伊知郎から1万円を借りたそうです。だけど猪木はそんなことは忘れてしまっていたようで、中々返してくれませんでした。当時若手だった古舘にとって1万円は高額だったのですが、相手は大スターであり、なかなか言うに言えず困っていたところ、ある日、猪木は急にそのことを思い出し、「忘れていて、悪かったな」と30倍にして返してくれたそうです。
猪木すげー。
これなんかは、広義の神話ですね。猪木がレジェンドと呼ばれる理由ですよ。
そして、私が問題にしたいのは、
現代の多くは、こういった広義の神話は身近に感じているのに、
狭義の神話、古事記や万葉集などは、まったく信じていない or あれは神話だから、
という風に、滑稽無糖ではなくて荒唐無稽な寝物語として、別枠で捉えてしまっているのですね。
実にもったいない。。。
狭義の神話というのは、いわばすべてのストーリーの母であり、父なのです。
哲学者のエルンスト・ブロッホの『希望の原理』という書物の中に、このような一説があります。
現実の創世記は、初めにではなく終わりにある。

この言葉はあまりにも深い言葉ですが、
創世記とは、聖書に登場する人類の誕生の物語。
この言葉を神話に当てはめれば、
現代でも、新しい神話が生まれる可能性がある。ということです。
実際、源氏物語も、平家物語も、太平記も、
古事記や中国の古典、すなわち神話を読み込んでいた当時の人々が作った新しい神話なのですね。
翻って現代。
神話を失った私たちは、いったい次世代にどういったストーリーを残すことができるのでしょうか。
この時代に、この後数百年残る可能性のある新たな神話が生まれる可能性はあるのでしょうか。
荒船山からだいぶ離れてしまいましたね。
荒船山シリーズ、このあと、一回くらいで終わる予定です。
最後に、最近読んだこの本で出会った感動的な言葉をご紹介。
「私は友を信じるように、神を信じる」
ミゲール・デ・ウナムーノ
YH