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御神渡りの水源・霧ヶ峰/御射山

 

これから、月に3~4回のペースが開催いたします、

山岳遍路ツアーの見どころをお伝えするブログです。

 

今回は、

 

「これぞ縄文のエネルギー!太古の諏訪神社・御射山と天空の御柱」ツアー

 

について。

 

どのツアーもストーリーがあるんですよ。

山岳遍路は単なる登山道案内じゃございやせん。

 

 

 

さて、諏訪といえば、謎ですね。

 

 古代史の世界では

 

「諏訪がわかれば日本の歴史がわかる」

 

なんて、言葉があるらしいですからね。

追いそれて引き込まれては大変です。 

 

今回は断片的ではありますが、的を絞って

ツアーに関連することがらのみ、お伝えいたします。

 

 

さて、このツアーの魅力は、

  1. 旧石器時代から続く八島湿原のエネルギー(地霊)を感じる
  2. 御神渡りが出現する諏訪湖の水源となる場所を歩く
  3. 諏訪大社の前進ともいえる本御射神社を訪ねる
  4. 国譲り神話の本質にせまる
  5. 車山山頂にある「天空の御柱」をお詣り

 

となっています。盛りだくさんですね。

 

 

ここでは、2と4に関してお伝えしますね。

 

 

まずは、2の「御神渡りの水源を歩く」

 

諏訪湖には31の河川が流入していますが、流れ出るのは天竜川だけです。

 

 

諏訪湖には昔から白龍が住むと言われていますが、

神様百名山34座目・女高尾山でデナリさんの描いてくださった諏訪湖の白龍
神様百名山34座目・女高尾山でデナリさんの描いてくださった諏訪湖の白龍

 

龍の住む天(諏訪湖の標高は759mと高い)から流れ出る川なので「天竜川」というのですね。

 

諏訪湖に住む白龍に関しては、

様々な伝説が伝えられていますが、

 

白龍を「諏訪水底鬼」と諏訪の底に住む鬼という表現をした人物がいます。

明治時代の怪僧・南天棒ですね。

 

 

南天棒
南天棒

南天棒こと中原 鄧州は臨済宗の禅僧で、何を聞かれても、答えても、答えなくても、

そのトレードマークの南天の棒でぶっ叩いたので、南天棒と恐れられた僧です。

 

弟子には、あの山岡鉄舟、児玉源太郎、そして日露戦争の英雄・乃木希典大将がいます。

 

乃木大将も仙台の師団にいるとき、参禅していて、常に棒で叩かれていたそうですが、

ある日、ずっと出されていた禅の公案(禅問答のテスト)を解き、

はじめて叩かれず、その偈をもって、日露戦争の命運を分けた旅順要塞の攻略に赴いたといわれています。

 

乃木大将
乃木大将

 

 

その南天棒の漢詩。

 

風雨凄然幽岳鳴

神岳向處何妨行

勿瞋諏訪水底鬼

明日我軍跡海城

 

最後の二行は、

 

怒るなかれ、諏訪水底鬼

明日、我が軍、海城を跡にす

 

と読むそうです。

この詩は、有名な日本海海戦の前夜に読まれたと言われています。

 

仙台にいたはずの南天棒が、

 

明日、日本海海戦が起こる、

それにむけて諏訪の水底鬼が出陣するだろう、

 

ということを詠んでいるわけです。

 

実際、諏訪大社には、日露戦争にあたり、ご祭神の建御名方神がご神馬にのって応援に出陣した、という話が伝わっています。

動いたというご神馬がまだ展示されているのですね。

 

そして、更に凄いのは、日本海海戦を勝利に導いた東郷元帥も、

諏訪大明神を大変尊敬しておられ、何度も参拝に訪れており、

さらには、海戦後に、諏訪大社前宮に揮毫をされているのですね。

 

相当なイケメンの東郷元帥
相当なイケメンの東郷元帥

 

日露戦争、特に日本海海戦の奇跡的大勝利は、

もちろん、明治時代の日本人の祖国を思う真心と、維新以来の血の滲むような努力がなし得たものに違いありません。

 

しかし、この日本海海戦は、世界戦史上稀にみる有りえないパーフェクト・ゲームだと言われています。

 

その立役者であり、司令官である東郷元帥は、

運命の不思議さを思い、人智の及ばぬ「何ものか」を、目の当たりにされたのでしょう。

 

そして、祖国防衛戦争を必死に戦った日本人の真心に感じ入った諏訪大明神が、

諏訪水底鬼となって海を渡り、祖国を犯そうとするバルチック艦隊を日本海の底に沈めたのだ、

 

と当時の人々は思ったのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

そして、諏訪湖といえば、御神渡りですね。

 

今年出現した五年ぶりの御神渡り。撮影:廣田勇介
今年出現した五年ぶりの御神渡り。撮影:廣田勇介

 

御神渡りは、建御名方神がその恋仲である八坂刀売命にあいにいく、道すじと言われています。

 

この神事そのものを現出する諏訪湖、

 

白龍の住む諏訪湖の水が、今回のツアーとなる霧ヶ峰/御射山/車山周辺から流れてきているのです。

 

 

つまり、御神渡りの水源なわけです。

つまり、神様が住む水が、湧き出る場所なんです。

 

そう考えると、すごくないですか???

 

 

さらに霧ヶ峰の八島湿原のあたりは、旧石器時代から人間との関わりがあった土地ですからね。

そんな時代から縄文時代まで人間が住んで場所ってのは、たんなる場所じゃないんです。

 

今みたいにコンクリートやアスファルトが地面を覆って、

地上数百メートルの高さにまで人が住む時代だと分かりづらいですが、

 

そこにいるだけで元気になり、幸せになる土地ってあるんですよ。

 

昔の人はそういう土地を経験的に知っていて、聖地として崇めていたのですね。

冬の本御射山神社 撮影:廣田勇介
冬の本御射山神社 撮影:廣田勇介

 

 

それはまだ、仏教が日本に入ってくる遥か以前、

まだ神道などという言葉が生まれる以前の話です。

 

そして後にそうした概念が導入されても、そこに神社がたったり、

寺院がたったりしていたわけなんで。

 

これは、西洋でも同じなんですね。

キリスト以前のゲルマンやケルト族の聖地の跡に、ローマ帝国が侵略して、後にキリスト教の教会をたてたそうです。

 

 

そういういくつもの文明を越えて人々と関わりがあったのが

霧ヶ峰であり、八島湿原であり、本御射山神社の一帯なんですね。

 

 

八島湿原の南端には、諏訪大社下社の奥宮ともいわれる、四方に御柱の建った小さな社があります。

これが現在、本御射山神社とよばれるお社です。

 

鎌倉時代、この本御射山神社周辺では、毎年夏には御射山の祭りが開かれ、

信濃、甲斐国を中心に幕府の御家人や北条氏の縁戚の武士たちが集まりました。

 

三方を囲むなだらかな丘の中腹には、穂屋とよばれる仮設の建造物が建てられ、

小笠懸、相撲、草鹿、武射競馬などの奉納試合を行ったといわれています。

 

 

 

日本のオリンピアとも呼ばれる御射山祭の遺跡。穂屋の建られた段々も確認できる。撮影:廣田勇介
日本のオリンピアとも呼ばれる御射山祭の遺跡。穂屋の建られた段々も確認できる。撮影:廣田勇介

 

今でも、この草原に佇むと、鎌倉武士たちの雄叫びが聞こえてくるようです。

 

まさに、ツワモノドモガ夢ノ跡 ですね。

 

 

 

 

さて、お次は、

 

 4の国譲り神話の本質にせまる

 

です。古代のお話ですね。

 

忘れそうになりますが、この文章は我が山岳遍路ツアーの広告のために書いてるんです(笑)

 

いわゆる古代広告っていうやつです(特に意味はありません)

 

 

さて、中世を通じて、諏訪大明神には、武神、つまり戦の神様というイメージが定着しました。

 

前述の御射山神事における御家人たちの武芸奉納も、諏訪大明神に武神としてのイメージを定着させることに一役買ったと言われています。

 

しかし、その始まりは、古事記に記載されている出雲での「国譲り」神話にさかのぼります。

 

大国主命の御子の建御名方神(諏訪大明神)は、国譲りを迫る天からの使者に独り抵抗し、

高天の原の武甕槌神(たけみかづちのかみ)との戦に敗れ、諏訪湖畔まで逃れてきました。

 

 

その戦いに敗れ、逃亡したはずの神をなぜ、中世の武士たちは信仰したのか。

 

 

面白いことに鹿島神宮に祀られている武甕槌神(たけみかづちのかみ)も

同じく武の神様なんです。それも、最強の武の神様です。

 

 

国譲りに対し、並入る神々がすべて大人しく従う中、

大国主命の御子の中で、諏訪大明神だけは違いました。

 

「相手は最強の神様だ。

 

そう簡単に勝てるわけはない。

 

しかし、このまま降参するのは、故郷に対して申し訳がたたない。

 

ひとつ、ここはチャレンジしてみよう」

 

と思い、大人しく国を譲れ、という最強の神の警告に対し、

 

「そんなの俺は嫌だ!」

 

といって、一人立ち上がるのです。

  

両国国技館壁画 国譲りの相撲
両国国技館壁画 国譲りの相撲

 

実はこの神話の構図は、近代になっても再現されています。

 

明治維新においける大政奉還とそれに続く戊辰戦争です。

 

徳川家が征夷大将軍の職を返還したあとも、旧幕時代に京都守護職として反革命勢力の取締にあたっていた会津藩は、

その責任を背負い、幕府が倒れてからも、戦い続けました。

 

会津とおなじく、奥羽列藩同盟の諸藩や、

蝦夷地までいって戦い続けた新選組の残党や函館政府を樹立した旧幕臣たちも同じでしょう。

 

彼らこそ、この国譲り神話における諏訪大明神の役割を、

近代において再現させた人々なのです。

 

 

会津藩の旗印。幕府瓦解後も反革命運動の責任を背負い続けた。
会津藩の旗印。幕府瓦解後も反革命運動の責任を背負い続けた。

 

どちらが得か、どちらが損か、ではなく、

自らのハートに問いかけ、自らの心情に素直に従った人々なのですね。

 

彼ら、徳川家への恩を知り、義を貫いた武士たちの行動は、

当の本人たちが意識するしないにかかわらず、

この神話への憧れと、諏訪大明神への祈りが作り上げたものだと私は思うのです。

 

しかしこれは単に、負けることが美しい、と言っているわけではないのですよ。

 

これはこれなりの、一つの、責任のとり方でもあるんです。

彼らは続く時代への責任のために戦ったのです。

 

だって、明治維新の際、もし誰一人官軍に抵抗せず、

徳川家譜代の大名も、親藩も、新選組も、親衛隊ともいうべき旗本八万旗ですら、みんなが白旗をあげてしまったら、

一体、どうなんでしょう?

 

最後の将軍・慶喜公の責任を追及して、フランス革命みたいにギロチンにかけてしまったら、

どうなんでしょう?

 

 

フランス革命で議会によりギロチンにかけられるルイ16世
フランス革命で議会によりギロチンにかけられるルイ16世

 

 

 

 

「誠」の旗を掲げて、徳川将軍を守り、尊攘志士たちを滅多切りにしてきた新選組が

幕府が瓦解した瞬間、 

 

「所詮、人間は自分が可愛いものですから・・・」

 

とか

 

「とはいっても、生活がありますから・・・」

 

などといって、アッサリ降参して、新政府に就職してたらどうでしょう?

 

 

おいおいおい、ってなりますよね。

 

 

でも、これはそういう心情の問題だけじゃないんです。

 

国民にそんな記憶だけが残っている国だったら、

そういう歴史の積み重なりだけが続いている国や集団だったら、

 

果たして日本がここまで続いていたでしょうか?

 

外国がせめてきても、さっさと降参して、新しい政府に就職したほうが得。

 

と考える人だらけの国や集団だったら、

 

 果たして日本がここまで続いていたでしょうか?

 

 

じつは戦争に負けても、日本が存続する理由がここにあるのです。

空襲で焦土となった日本
空襲で焦土となった日本

  

 

国譲りの際、

 

いうなれば、諏訪大明神は、未来のために、立ち上がったのです。

 

次の時代がやってきても、子孫が誇りをもって、生きられるように、

諏訪大明神は、あえて負けるとわかっている戦に赴いたのです。

 

これは、スケールの大きな、歴史の話ですが、 戦争っていう物騒な話だけじゃなくても、

個人の人生に置きかけかえても、こういった場面に出くわすこともあるかもしれません。

  

例えば、人生に一回か二回のスゴイチャンスに出くわした時、

でも、失敗すれば今の地位や財産を失う可能性のあるとき、

失敗を恐れ、なかなか行動できないとき。

 

「何かをやりたい」という自分の心に、素直に従うのは、時にとても勇気のいることです。

 

そういう時、私はいつでも、心の中で諏訪大明神に祈るんです。

 

祈るって言っても「南無諏訪大明神、南無諏訪大明神」って心の中で唱えるだけですけどね。

 

南無って言うのは仏教用語で、

あの南無阿弥陀の南無のことですよ。

 

キリスト教で言えば、アーメンです。

 

「オフコース!ゆだねますよ。

もちろんです。それしかないでしょう。」

 

って言う意味です。

 

南無諏訪大明神!

 

それって仏教と神道がごちゃ混ぜじゃん!

って言うツッコミは無しです。

 

私たちだってメリークリスマスって言って、7日後に初詣に行くじゃないですか。

 

南無諏訪大明神と唱えれば、

私には、いつでもあの神話のワンシーンが思い浮かぶんですよ。

 

さらには諏訪大明神に祈ると、歴史上で諏訪大明神を同じく尊敬していた、

多くの武士たちの魂にも共振できるんです。

 

そうすると、ふつふつと、勇氣という氣が降り注いでくるんですよ。

 

 

不思議なもんですね。

 

 

最近公開されているアニメの「元寇合戦記アンゴルモア」は、

鎌倉武士の姿を通して、諏訪大明神の精神をよく描いていると思います。

 

海を押し渡り、文字通り、国を譲れと強盗同然で押し入ってきた

当時の世界帝国であったモンゴルの使者に対し、

流人として対馬に流されてきた鎌倉幕府の御家人、主人公の朽井迅三郎は

 

「それはまかりならぬ」

 

といって立ち上がったのです。

 

 

このPVのちょうど1:00から始まる戦闘シーンがつまり、

最強の神に対して、果敢にチャレンジをする諏訪大明神の子孫の姿なのですよ。

 

 

それにしても、この「元寇合戦記アンゴルモア」、久し振りにシビレますね。

 

時代考証が凄く正確だし、

正当に戦う男が主人公のアニメって久し振りじゃないでしょうか?

 

 

 あの宮崎駿は二十年も前に、

 

女の子がバズーカを振り回すような作品はいいかげんやめてほしい

 

と発言していますけど、本当にそのとおりですよ。

 

 

何しろ世にあふれるアニメーションやゲームは、

 

いたいけな女の子に戦艦のカッコさせて戦わせたり、

  

艦隊コレクション
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はたまた、戦車に載せて戦わせたり、

 

ガールズアンドパンツァー
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そんなのばっかりですからね…。

 

鎌倉武士が泣きますよ。

 

お前が立ち上がれよ、おっさん、と言いたい。

スマホゲームに夢中なおっさん二人 https://www.pakutaso.com
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話が多いにそれましたが、

 

 

諏訪湖の北東、つまり鬼門を守る霧ヶ峰の本御射山神社には、

諏訪大明神に憧れ続けた鎌倉武士の故郷があります。

 

 

勇気がほしい、

チャレンジしたい、

新しい一歩を踏み出したい、

 

そう思っている人々にとって、

 

この高原は、文字通り聖地となるはずです。

 

勇気の故郷ですよ。

 

 

 

 

YH 

 

  山岳遍路・御射山/車山の巻 ご参加お待ちしております!